青色信号

雑念

babble

かわいいあの子。講義はリモート。週に一度美術関係の授業だけはアクティブラーニング。以前より通うのが楽しみになったそうだ。


健全な子だと思う。東京生まれ東京育ち。ホワイトカラー第二世代。パパは商社の管理職。ママは元CA。今は専業主婦。しばしば夫婦でビアンキにまたがりゴルフスクールに通っている。なぜ知っているかというと、ゴルフスクールを主催している百貨店への道程に我が家があるからだ。3つ年上の姉とは趣味も性格も違うけれど2人でディズニーへ行く程度に仲が良い。色々とよく出来ているな、と思う。


父親同士が兄弟なのでイトコにあたる。私には女の子のきょうだいがいない。私が結婚して東京にやって来て、10数年ぶりの再会。前に会った時はモンスターズ・インクBooちゃんよろしく我が家のデカい犬とキャアキャア戯れていたあの子が私の身長を追い抜きすっかり大人になっていた。何より驚いたのは、ほぼ私であったこと。お互い父親似。自分と同じ種類の素材で出来ている同性は初めての存在。どこか鏡を見ているような気持ちになる。怖くて、恥ずかしい。


ユマは私より背が高い。ハンサムな叔父に似て顔のパーツは私より派手だ。私が着物を普段着にすればとからかわれるのに対し、ユマは洋の雰囲気だ。同じ二重の垂れ目なのに。小麦肌に金髪のショートヘア。FUDGEがバイブル。ざっくりとした気取らない格好が似合う。しかし、遊び場によってファッションのテーマを変えてくる。さすが私のスイートベビ。意図せずシミラーになる。2人で歩いていると姉妹ですか?と言われる。とても嬉しい。

ユマは高校までラクロスをやっていた。私の地元はラクロスなんて無かったので、初代プリキュアじゃん。しか感想が無い。大学生になっても一向に日焼けに疎い。留学先がアメリカだったことも影響しているかもしれない。メイクがちょっと下手。温室育ち感があって可愛い。しかしユマの心はなかなかに大人びているというか、落ち着いている。飾らない。年齢のわりに自我同一性が成り立っているから、アルバイトなんかで大人たちに囲まれていて、ミスをしたとしても落ち込まない。自分との付き合い方が上手い。私の思春期はきれいに自己嫌悪と見栄にまみれていた。他人に評される見た目のことと、性のことが頭の中の8割を占めるような生臭いものだった。ハタチくらいになると、バイト先の理不尽をいちいち真正面から受け止めては気に病んだ。

育ち、という表現は好ましくない。愛情、というと種類がありすぎる。意図の差。どんな子になって欲しいと願ってもらえたか、成長を促すための姿勢および態度を取ってもらえてきたかの差。それを感じてしまう。


ユマはよく友達の話をしてくれる。高校時代からの友達の話が多い。進学で東京から離れる子は少数派なので、必然的に繋がったままだ。大学では怖いの半分、かったるいの半分でサークルに入っていないため交友関係が狭い。地方から新しいコミュニティを夢見て出てくる子たちとは違う。ユマは公立出身だ。公立、といっても、やたらと難関大合格者の多い、エンゲル係数高めの地元。いわゆる文京都市。人口は多いが閑静な所。穏やかで朗らかな子なので、色んなことを話してもらえるみたいだ。若い女の子はいつの時代も大変なようだ。最近インフルエンサーの同級生とお茶をしたらしい。ツーショットを見せてもらった。新宿のルミネ2で買っていそうな小花柄のシフォンワンピースにキャスケット。サンローランの大きいロゴの入ったショルダーバッグ。プリクラみたいに可愛い顔だった。これを書いている今、もう顔が思い出せない。それくらい整った顔。ちなみに撮ってあったプリクラの全部にわざわざ『ワセジョ』と書いてあった。その子には、大企業に勤めるパパが最近昇進して、ママがCA落ちだと自己紹介されたそうな。「CA落ち」ー新しい概念だ。落ちた事実すら自慢ワードらしい。なんじゃほら。理解が難しい世界だ。私はつくづく地方育ちで良かったな、と思った。地方のこぢんまりとした私立の中高一貫にはそんな文化は無かった。地元の企業や病院と同じ名前の子が6割以上だったから何も言わなくても各々の家のことは分かった。ママンらは専業主婦が基本だったが、頻回にお茶をすることなどはなく、皆ノンビリとしていた。あと、意味の分からないブランド品の持ち方もしなかった。シャネルのポーチをペンケースにしていたのはSTモに応募すると息巻いていたツタエダさんくらいだ。しかしツタエダさんは近隣の女学園の、後にCanCamモデルを経て女優さんになるあの子の噂を聞いてしまった。OGで現役モデルのRさんより凄いらしい、完全無欠の美少女。裏腹に全く気取らない良い子らしい。本屋でみかけて、そして応募を断念したとのこと。

ちょうどインフルエンサーの同級生ちゃんの、エルメスのブティックに入っていくストーリーが上がっていた。実際にエルメスのアイテムを持っているのは誰も見たことが無いそうだ。「エルメスの小物にお金使うんだ。REDVALLENTINOのワンピとか似合いそうなのに意外」と、言いかける。言わない。良い大人がそんなフンワリした嫌味を吐くだなんて大人げがない。ユマはストーリーを見て、「陶子ちゃぁん……、あのさー、なんて言っていいかワカンナイの、この気持ち」と呟いた。ボーイッシュな見た目に反して喋り方はふにゃふにゃとしている。人を傷つけたことの無い子は凄い。いや、傷つけられていないのか。違う。傷つかないのか。ノン、傷が一瞬で治るのか。分からんが。他には女子アナ志望の子の裏垢などを拝見した。キラキラしていた。「この子客観的にみて女子アナいけると思う?」ユマが真剣な面持ちで尋ねる。「将来オッジェンヌとかになりそうだね」という渾身のギャグが滑る。ユマたち世代に取っては『雑誌の読モ』といのは取り立ててステイタスではない。時代、時代よ。

「写真じゃ伝わらない系の可愛さの子が好きなんだよねえ」ユマが呟いた。「私もそう思うわ」と返した。都会育ちでも色んな子がいるのだな、と知る。島とかを所有しているような子は公立には居ないのだそうだ。同級生たちにはエルメスのストーリーは凄い、羨ましいとチヤホヤされる行為であるらしい。また、東京は色んなレベルの私学があり、賢い所、お金のある所、グレーゾーンの子たちを集める学校に至るまで多種多様とのこと。フレッシュなデータが増えた。珍しい喉越し。


ユマはブラウンのリップが良く似合った。目をキラキラ輝かせて喜んでいた。大人になると初めてのことに喜ぶ現象はなかなかお目にかかれない。きゅんとした。「今度またお化粧教えてほしいな」とLINEが来た。いつまでもかわいい子でいて欲しい。ユマは両親からBigbabyと呼ばれている。念がこもっているな、と思う。