青色信号

雑念

コテン

ホテルニューグランドのフェニックスルームが営業しているとの噂を聞きつけ、すかさずユマと向かった。朝の横浜は好きだ。

ユマは就職で悩んでいるらしい。covid-19で予定していた留学が叶わず何の強みも無いと嘆いていた。不景気により希望の業種が難しくなり、国内大手への就職を考えているようだ。「最初からソコ目指してきた子たちにどうやって敵うのかなぁー」ごめん陶子ちゃんはワカラン。私は専門職だからアドバイスできることが無い。嫌だと思ったら即辞める為に手に職をつけた。それすら縮めて事業をやっているんだから社会人というよりただの変人だ。新卒一律採用の世界かー。転職が当たり前で生きてきた身としては知らない国の話みたいだ。普通に生きるって辛い世界に思える。普通をやらなくて済むのは、自分の美学を押し通すことができるのは、私の努力だとは思わない。素晴らしい社会貢献だと拍手され自分らしい生き方が出来ていて凄いねと言われるけど土台ありきだ。そう。逆逆ゥ。与えられたことに感謝しているから困っている人のための事業をしているだけ。行動して形にした部分だけはちょびっと偉いけど。不平等という平等が与えられナントヤラだし、美人税とか嫌味な言葉って存在するし課題は個人毎に違って当然だ。それぞれが得意なことをやる。それがチーム医療だ。はい話が逸れた。自分の悩んだ経験が無いことへの答え方って難しい。自分がラッキーだったことを理由に誰かに悲しみを所有させちゃいけないと思う。結局アラサー、しかも学生時代ユマより偏差値低かったやつからの言葉なんてただのウザいお説教になるから身の程をわきまえないといけない。距離感を取るのが下手くそなことを自覚しないと。ということで何とも答えられなかった。ユマの長所を沢山褒めた。これで良かったのだろうか。

ESTNATIONのショーウインドウの前で気になっていた鞄が飾られているのを見て足が止まった。「陶子ちゃん、どしたの?」ユマが不思議そうな顔をしていた。「うわこれやっぱ良い、ハマのESTNATIONはまた違った趣きですな」オタクが喋る。「えすとねーしょんてなに?」衝撃が走る。「ん、バーニーズは分かる?」「分かんない」衝撃アゲイン。「TOMORROWLANDは?えーと、ユマBEAMS好きでしょ」「あ!TOMORROWLANDはママがお買い物しているよ。BEAMSは派手だから大好き。でも他のは知らない。大人のお洋服ってどこにあるの?」私の地元はコンパクトに整っているので親に教わらなくとも高校生にもなればお姉さんたち愛用の大きなセレショは覚えてしまう。駅んとこにえすとねーしょんとTOMORROWLAND。その裏の公園沿いにバーニーズのビル、そこからストリート色強めタウン方面に4分程でロンハーマン。お城や海の方面に向かって女学園を通り過ぎるとBIOTOPがある。純度の高いものが無駄なくきちんと並べられている。東京に住んでいると欲しくないものが視界を遮るから、見たいものが見えなくて困る。しかし、私が地元を離れている間に都市計画がガンガン進んでいる。航空関係の法令がOKとなって高層ビルを建てられるようになったらしい。信じられない。帰郷する頃には、私の愛した小さな都は別の姿になっているのか。セレショとその価格帯と毛色の説明をすると「え!今度一緒に行きたい!jwの帽子と鞄が見たいんだけど、どこに行ったら実物見れるのかなって思ってた。私ってイマイチ東京の大学生って感じじゃないもん。ネイティブなのにさー。お洒落になりたい!」と言っていた。私が21とかそれくらいの頃ってセクシーという派閥の幻影を、まだ、ギリギリ、薄っすら、追っていたような気がする。小学生の頃に見たKinKi Kidsをカバーしてる小クラの赤西くんとかPEACHJHONのCMの藤井リナちゃんみたいな小悪魔な色気が欲しくて、いかにしてお姉さんっぽくなるかとエッチなことしか考えて無かったんだけど。イトコのお嬢たちは本当に子犬みたいにホワホワしている。ちいかわっぽい。まず日焼け止めちゃんと塗ろうぜや。

予定より早めに着いてホテルの中を細部まで観賞する。至るところに装飾が施されており、タイルや漆喰彫りの壁や照明器具、絨毯などをまじまじと見つめる。大階段の先の時計を囲う天女の絵がとても好きだ。重厚な木の扉が開くとフェニックスルームの美しさに思わず「わぁ」と歓声が漏れる。桃山様式の絢爛豪華な造りが私達を非日常に誘った。天井の化粧梁と大きな柱が寺院のように荘厳な空間を創り出している。そこに透かし彫りの灯籠風シャンデリアが繊細な華やぎを添える。窓のカーテンの上飾りは花頭形の優雅な曲線であり、床には川島セルコン(大好物)の豪華な絨毯がふかっと敷き詰められている。窓際の席に案内され、年代物のガラス越しに柔らかい光を浴びながらアメリケーヌソースで仕込まれた濃厚なシーフードドリア、フルーツの取り揃えが端正なプリンアラモードをいただいた。食器にもフェニックスの模様が描かれていて、美意識のぬかりなさに痺れる。北欧に飽きた方々の間でふつふつとシノワを取り入れたインテリアが人気になってきているようだ。1人相撲に寂しさを感じていたくせに、同じ土俵に上がられると勝手に入ってくるなとばかりに「私昔からアジアをミックスしたほうが美しいって言ってたじゃん!もぉぉ!」と機嫌を損ねている。みんなアリタポーセリンラボのJAPANを買ってください。絶世のモダニズムジアンビューティ。おプラチナだからレンジもOK。伊勢丹新宿本店と新宿高島屋くらいしか置いてない気がする。あと林九郎のコトホグシリーズもポップさがあって可愛いから。みんなの献金により新作がもっと沢山出てくれることを祈ります。古伊万里しか勝たん。モノノベより。

お洋服はカチューシャにミニワンピ、小物はバーキンにローファーにした。ユマも珍しく襟付きのワンピースにクラッチバッグだった。ユマの足元もローファーで、高校生から履いているというHARUTAの色褪せが美しかった。大人になってからそうするには気が遠くなる機会が必要だ。実際に横浜で見かける人々はイメージと乖離していて、黒基調でスポーティな格好の人が多い。ハイテクスニーカーばかり。公園で遊ぶからなのか。ナンナン。