青色信号

雑念

レセプター

正直に言うと、人から貰って困ったものがある。赤と青のハートの柄の夫婦箸、ラメ入り。ロゴプリントの派手なペア寝巻き、パジャマと言い難い感じの。ハート型のまな板、食材をこぼしやすい。えも言われぬ、おかん風味に満ちたものたち。

しばらく前に渋谷でおかんアート展なるものが開催されていた。抑圧された女性たちがお金をかけずに精一杯魂を表現した作品たちだ。おかんアートとは絶妙にダサく商業価値を産み得ぬ生産性の低いモノであるらしい。


私の母は芸術関係の生業なので与えられるものは子供向けにしては落ち着いたデザインばかりだった。キャラクター物は最低限で、あったとしても母の手刺繍で色調補正されシックに落とし込まれたものやワンポイントに品良くデザインされたおあつらえのものだった。周囲の大人からは良いものを身につけていると褒められ、まるで自分が特別になれたようで優越感を感じていた。プリントTやキラキラした靴は手に入れたことが無かった。そもそも憧れる隙が無かったのだ。

3の時にうっかり、ハローキティは可愛いと思うけど身につけたいと思わないと発言してしまったことがある。ツーッと冷たくなる空気に慌てて話題を変えた。現代風に例えると、推しは素敵だと思うけど、推しの姿のプリントTもアクスタも缶バも身につけたいとは思わない。私にとってはこの抵抗感と同様だ。

自分の外のものを素直に自分と同一化できない。自分の凹があれば自分の凸で埋めて隙を与えない。生物としての自他の線引きや猜疑心。それが強過ぎた。可愛い子供ではない自覚はそれなりにあったが、自分自身のことを客観的な視点を持った大人っぽい子だと思い込み高みに登った気でいた。

実際は斜に構えたスタイル自体、他人の価値観のレールの上だからこそとれるポーズだった。そのポージングは私の足元をぎこちなくした。四肢の感覚の柔らかさを閉ざし、心の奥行きをの狭いものにしていたと今になって思う。怖がりの、カチコチの、ギチギチの、躍動感が無い子。かがやきの無い子。


小さな頃他所の家でハウスダストアレルギーを起こし気道閉塞したトラウマなのだろうか。自分の感覚と違うものを自分のテリトリーへ招くのは怖くて堪らない。今でも。情けないくらいに。私の母親におかん的要素が皆無だったことはおかんアイテムたちとの間合いにきっと影響していると思う。


それでも、宝物にしているものがある。ナカムラのおばちゃんの折り紙だ。私の退職の時に折り紙で薔薇の花を折って、箱に詰めたものをプレゼントしてくれた。何かに行き詰まる度に引き出しを開けてそっと取り出す。立体の薔薇は本物のように壊れてしまいそうで、儚げだ。元々はベタ塗りの一枚の紙であることは知っているが、私はこの薔薇から確かな息づかいを感じる。おばちゃんの優しくて温かな感情が、私の視覚を通して流れ込んでくるのだ。

ハート柄のお箸が既製品だとしても、その人がくれた時点で、オリジナルの愛情の形である。なのにどうしても受容が出来ない。

おばちゃんのプレゼントはまごうことなき、真・おかんアイテムだが、かけがえのない大切なものだ。一体何が違うのか。病院のベッドの上でしばらく考えた。とどのつまりは私がその人を信頼しているかどうか帰依するのだった。不信な相手の凸は阻むのだ。簡単に受容体を開けていたら、相手の凸のせいで気道が詰まるかもしれない。


退院して自宅に戻ると役割の無い彼等がキッチンやクローゼットに佇んでいた。走馬灯を経験して色んな部分が書き変わってしまった私でも、彼等とどう付き合っていくかは対処法に悩むままだ。夫が触らなかった私のドレッサーには薄ぼこりが被さっており、それに触れた私は大きくくしゃみをした。少しのサボりくらい受け入れたかったのに、カチコチの、ギチギチの、アレルギーの子のままだった。

宿主

ヒトのDNA8%はウイルス感染によって搭載されたものらしい。また、人の妊娠というシステムは一億数千年前に侵攻してきたウイルスが胎盤という存在を形成し、現在の仕組みに至ったそうである。


病が襲い来るのは大人に限ったことではない。下期は教育関係との連携が多くあった。児童心理は実務経験の無い分野なので様々な先生に教えを請いながら動いていた。しかし、子を持たぬのでなにかと想像力の動員に努力が必要だった。同時に、子を持つことは想像していた以上の責任が付き纏うことを痛感した。

親の影響から子を守らなげばならないケースもあった。親自体が養育に万全な状態でなくなっても、子を社会で救うことができないのか。現実には私の望み通りの答えは無かった。しかし、それでも、できることを精一杯やろうと思った。どんなに少しの関わりでも、暖かい眼差しでいる。ひとりじゃないと感じてもらえるように尽くす。どうか君の未来に光がありますようにと心の底から願う。環境だけでは難しい、感情には感情でしか、慰めでしか先に進めないことは絶対にあるのだ。私ひとりの力は小さくても、今すぐに現実が変わることはなくても、この地球の平和を本気で願ってる。それはとても重要なこと。それは自身の子の有無に関わらず不変な事項。社会に対し、ひとりのアダルトとしての包容力は持っていよう。経営している事業のほうもジャンルでいえば社会貢献型事業に該当する。これで十分、私の星のもとの役割は充分だと思っていた。


私は、自分の体のことは自分に選択権があると思っていたし、いる。自分がより良く生きられるように判断をすべき。つまり、妊娠の継続をやめようと思っていた。


水瓶座は自由を奪われたら魂が死ぬのでそもそも結婚に向いていない。絶対という言葉を信用していないのだ。そういうもんだ。星座による偏見は生きれば生きるほど拭えない。季節によって咲く花は違うのだから。結局私たちは天文の観測により拓かれた星の生き物ーーーー等と考えて過ごし、気がつくと一口の水も飲めなくなった。ヒトナントカホルモンによる作用らしい。日に何回もシャボネット色をした胆汁を吐き、身体のアンモニア臭で分かるほど細胞は分解され続けた。私の思考と意思は消え失せ、そのまま入院となった。


私の中の二つ目の心臓は、私とは同一でないDNAだ。そしてそれはどんな風にサインを送っても信頼関係を結べる程成熟していない。つるんとしている。何の引っかかりもなく、ひたすらつるんとしている。つるんとしたものに、とんでもないスピードで侵略されるのだ。1秒毎に感覚を書き換えられる。チョコレートを食べればタバコの吸い殻の味がした。ひと口水を飲めば脳のくも膜を燻されているような奇妙な頭痛が始まり、時には首の神経を中心に上半身に雹を吹き付けられるような寒気が襲った。

痛みや不快感は一度始まると最低でも3時間は続く。辛くて眠ってしまいたかったが、あまりにも不愉快なその感覚たちはむしろ眠りを阻み、意識がある限り苦痛に耐える他なかった。だったらいっそのこと気絶させて欲しい。繰り返し神や仏や先祖に祈った。過去の懺悔もした。母方の祖母が唱えていた真言を唱えた。自分の身体が書き換えられてしまうと見えないなにかにすがるしか成す術がなかったのだ。眠れない日が5日ほど続いた時、臨死体験というものをした。


気がつくと嵐は過ぎていた。母親からお守りとお札が送られてきて夫が自宅に備えてくれたタイミングで解放されたようだ。そんなことが実際にあるのかと驚いた。数日経って落ち着いた頃、積読に手を伸ばした。私は時折傷口に塩の手法を取る。村田沙耶香さんの生々しい表現は今の私にはスパイスではなく良い塩になると思った。実際、24時間点滴に繋がれ、両足を弾性ストッキングで縛られ、内臓器が物理的に変容している私には、痛い程共感できる結果となった。まさかここからカタルシスを感じるなんて奇妙な体験だ。


感覚の中にしか無い美しさはあって、それが私を生きることで、それが私が私たる理由で、自己信頼の根幹だ。各々の感覚があるからこそ他者との交わりで世界は彩り豊かになる。

生きることは他者からしか得られないことに溢れている。


自分の感覚を見失ってしまうことはどんなに辛いことなのだろう。きっと仕事で対峙する加害児童にも被害児童にもその親きょうだいにも伝えたかったことなのだ。おそらく私が次に口にする「辛かったね」の一言には今までの同じ言葉よりも血が通っている筈だ。君は自分を信じたいんだよね。でも、どうして良いか分からなくて、「辛かったよね」


病院都合で移室があった。窓からは名所として知られる桜並木が見えて、毎日この高さからのこの景色を観れることは二度と無いだろうと思った。

東京では入学の花だが私の故郷は3月末に桜が咲くので、桜は卒業の花だ。

ふと感覚で分かった。私の2回目の思春期が終わろうとしている。卒業なのだ。散った桜は8階の窓の高さまで飛んできて、目の前でチラチラと舞う花弁は結婚式で浴びたフラワーシャワーを思い出させた。

私は東京のオンナじゃない。東京のオンナからするとスーパー早婚だ。すっかり忘れていたが、もうすぐ数回目の結婚記念日だ。新緑になる頃には夫と手を繋いで八芳園を散歩したい。

母くらいの年と思しき看護師さんが、「来年は赤ちゃんと3人で桜が見れるね」と声をかけてくれた。答えは分からない。だけど、つべりもこべりもきっと青春コレクションだ。

風吹いて前髪乱れてもまぁいいよね、私に変わりはない。ネガティブ言っててもいいことなんてないし。

Over the sun

女に生まれた時点で苦しい。自分のやりたかった研究、そういった場はホモソ。それを選ぶと個人のブブンを犠牲にせねばならない。一度の人生をそこに使いたくない。エゴと合理主義がぴったり重なり、21歳の私は小さく生きる選択をした。イヨッアッパレである。

日頃友人のママ友関係の相談に対し、相容れぬ、吐き気がする。と思っていたため、なかなかポジティブにはなれていない。むかし職場のサヤコ先輩が自分の膨らんだ腹に対し、コイツさえいなければ……!という言葉を繰り返し吐いていた。もちろん先輩はキャリアを諦め、出産後は退職し別の場所で非正規雇用となった。専門性も狭すぎると諸刃の剣だなぁと思っていたが、以前より世の中の解像度が上がった今、経産婦の多くの人が経験する出来事なのだとわかった。

私は東京に来た時点でキャリアのキの字もないので先輩程のショックではないが、共感する。思えば私は、当時の先輩と同じ歳になる。時は流れている。


サヤコ先輩とは姉妹みたいだと言われていた。確かに共通点が多い。タレ目でわりとまったり喋るのに言語表現自体はきっぱりしている。完全なキャラ被りな上に夫同士もかなり似ていて、私の結婚式ではどよめきが起きた程だ。年数は離れていたし同じチームになったのは一度だけだったが、馬が合うというヤツで会話の機会は自然に多くなった。

とある日、会議室にふたりが残った。窓から差し込む西陽に目を細めながらブラインドを下げてまわった。「サッシの掃除が甘いの、気がしれないよね。陶子なら分かってくれるんだろうけど」「マジですね。どんな居住環境なんだか」「イトウくん2週間に一回しか掃除機かけないらしいよ。これがまた、あっけらかんと本人談なんだよぉ」「あー、それまたイトウさんらしい。なんてゆーか、芸術肌ですもんね」くだらない愚痴を言い、笑っていた。サヤコ先輩は部署では1番偏差値の高い大学の出身だった。もちろん学歴で決められるものではない、ないと強調したいのだが、頭の回転が半回転速い印象を受けるくらい優秀だった。搭載しているコアのレベルの違いを感じた。その上風通しの良い性格で誰にでも同じ態度なため人望も厚かった。

しかし、先輩の妊娠と同じタイミングで同期の男性のほうが重要な役に選ばれた。私はどちらとも同じチームになったことがあるが、正直、男性で体調で穴を空けづらいから、権力のある人への胡麻すりが上手いからという理由以外思い浮かばなかった。

ブラインドの紐を引き込むサヤコ先輩の大きな瞳に夕日がぷるぷると滲んでいた。先輩はアラサーになってから目の乾燥が酷くなった、西陽の刺激が辛いと言っていた。きっと違う。でも、西陽のせいにしておいた。

Stay Gold

春はmiumiuのスタイリングをやろう。青いシャツにプリーツのミニ。もちろんポインテッドのパンプス。くびれをしっかり作らないと。そんなことを思っていた矢先、妊娠した。私の脳下垂体は働きが悪い。不妊体質は私の生活にぴったりで気に入っていた。垂れ目、口元のホクロ、厚い唇、胸、良いとばかりは思えなかった。身につける物のソリッド感に注意しないとすぐダサくなる。

セックスアピールが強い外見は生活上迷惑が多く、不妊体質や性欲の薄さとセットだからこそ私の中での均衡を保っていた。

『決め込んでいる訳ではないDINKS』という金魚掬いの最中の皮のような立場だった。2月中にミレーナを入れようと思っていたが近所の婦人科の評判がすこぶる悪く、そもそも欲求自体少ない者同士だしとボヤボヤしていたらいとも簡単に破れた。

埋められる余白を埋めなかったのだ。自己責任社会における本当の自己責任。私もとうとうマスの仲間入りである。いや、この時代のこの世代で結婚して子供を持つなんて最早マスではない気がする。

多忙で過ぎた誕生日。一向に待ち人の気配が無いまま冬が終わろうとしている。ねぇ、フィービー 今でもあのテーブル越しにアナタの姿を願わない日はない 心で名前を呼びかけたりする。

ねぇ、冨樫 休載の間に 宇宙兄弟はタイトル回収したし 金カムもクライマックスに向かってるよ ジャイロが見つかるのと ファイロが復帰するのと どちらがはやいかな。

生き物である以上絶対・不変というものは存在しない。幸せはいつも死角狙ってる。だから扁桃体に恐れを溜め込むのだ。

PATOUのトートをマザーズバッグにするのが最適解なのだろうか。アンリのプロダクトだとしてもキャンバス地は渋る。

貴金属にしたい欲求がムクムク膨らむ。金はカムイなのだろうか。教えてサトル。貴金属が欲しくなる時は大体疲れている時だ。この間だって中古のHERMESを優先した。果たして不変への要求自体、美しいものなのだろうか。古臭い考えなんて嫌い、退化なんてごめんなのに腐敗した資本主義の使い捨て文化にウンザリし、さらに古い時代の貴金属の価値に安心する。その癖丁寧な暮らしには思考を奪われている、アイデンティティがないと難癖をつけ、絶対中年になってもホッコリしてたまるかと思っている。通販で買った麻のスモックワンピースにアニエスベーのボタンカーデやUNIQLOの肌触りの悪いカシミヤを羽織りビルケンのサンダルを履く平らにならされたあの感じはやるせない。密かに地ならし系と呼んでいる。やるなら祖母に倣ってヨーガンレールのバーゲンセールがいい。

全ての物質は恒久じゃない。私が体験した脳内の記憶だけは何とも比べられない。色褪せない。それらは貴金属とは比べられないすてきなもの。ワカッテイテモ変容への恐怖心は折り畳めない。

転機のときは決まって宇多田ヒカルを聴く。母の車の中ではよくヒカルの歌が流れていた。彼女は何を思って聴いていたのだろうか。大好きだから ずっと なんにも心配いらないわ。記憶をなぞる。1月に配信された新アルバムも最高だった。恐れが薄らぐ。私はもちろんヒカルのような才能は無いけれど、変容しながら素敵を更新し続ける人だっているのだ。小市民は元気を貰った。変化の可能性を信じられなくなったとき、脳は終わる。もともと真剣に調べてきたことじゃないか。ゴソッとした髪、マウンテンパーカー、裾からフリルがはみ出たスウェット、ドライフラワーのピアス、スキニーデニムにアディダス の白のスニーカー、子供乗せ自転車。そうなると思っていたけど、別にそうじゃない。そうなる必要がない。まず私が棄却したいことを棄却しなくては。ステレオタイプによるジャッジ。所詮色んな人と交流した経験が無い。人に興味が無いのだ。それで自分以外が何かなんて分かる筈が無い。本で読んだ恋や愛だけでは分からないことがあるのと同じだ。オレはオレなんだし。音楽はいつもヨコヤマの味方だし。ね。

五黄の虎

動物園の檻の中でライオンがクッタリ寝ているのはよくある光景だと思う。しかしトラがクッタリしている様は見たことがない。トラは常に自分のテリトリーをグルグルと動きまわっている。獰猛な目つきには生命力が溢れていて大変美しい。祖父母の家の客間には大きな虎の絵が飾ってある。竹藪から出てくる虎の眼はやはりギラリと光っている。祖母の超大作だそうだ。


寅顔の女が好きだ。IVEのレイちゃんが私の中でそれに当てはまる。好みのど真ん中。貴重な人材はドンドン国外流出している。父なるつんくの陳腐に見えて恐ろしくトリッキーな音をバチッと体現してくれるスターはこの国には不在だ。切ない。それでも秘伝のタレを受け継いでくれる現役のパードレたちには感謝。多謝。渡韓した日本のアイドル達は軒並み半島の色に染まるがそんな通例をお構いなしにレイちゃんはジャパニーズロリータをカマしてくれている。あれは本人の意思なのか、スタイリストさんのお陰なのか。彼女のパートになると心の中でゴンフィンガー。

薄い前髪はもうダサいし私もロリータの風味が欲しい。気分は春だし前髪をつくるか。ショートだからモサキノコになるか。そんなことを思っていたら年末エライザちゃんもイケてる重い前髪だったのでバッサリ切った。女って単純。フミヤのカバー良かったなぁ。。

前髪を作ってみたら想像以上に電波な雰囲気になった。コンサバ服が軒並みトゥーマッチ。もういい、コンサバは2021年に置いてこよう。ポップアップでCFCLのバッグを買った。編み目が浮き立つ淡色。ホワイトらしいが白にサックスブルー2滴混ぜたような不思議な色だ。他人に言わせるとイエベ春らしいがやたらと青い服が似合う。無愛想で人間味が少ないからだろうか。BAUMモノグラムのスキンウェアの上にピタピタのミニワンピを重ねてポインテッドシューズを履いた。アタシは未来少女()である。

ほんいつ

セブンイレブンでアイスを買った。お会計を終えたあとにジョエルロブションとピエールエルメを間違っていたことに気づく。数年前、ロブションのアイスをストック買いし損ねて後悔した思い出がある。人生ではじめてコンビニアイスでハーゲンダッツを超えた。なのにストックしなかった。


有名パティスリーとのコラボ商品は苦手だ。安全を配慮した上で高級な質感を再現するための努力だと理解している。が、コラボ商品全般に付き纏う独特のネチッとした舌触りはどうしてもダメだ。ネチリとしたものに仕上げるくらいならうわがけなんてせずにシンプルでいいと思ってしまう。アイスクリームだと冷凍で管理できるのでそのようなことはない。キャラメルと洋梨のほうはそこそこ美味しかった。


仕事納めの前に東急の加工肉のお店でパテのセットを買った。私はワインに詳しい舌ではないので、ルナーリアの白で十分なのだが、大容量なので今の生活には合わない。安くて好みの味のワインに巡り合えないままクリスマスになった。結局明治屋でオススメのポップに飾られたハーフボトルをてきとうに購入し、わざと新橋で乗り換えてトリュフパンのお店でチーズクッキーのアソートを買った。年末はこれでやり過ごす。


最近、休みの日は思考の整理や読書に使おうと思うのに、ソワソワして出掛けずにはいられない。代官山の蔦屋に行き、せっかくの休日なのに仕事の本を買った。新宿医書センのほうが種類豊富だろうに。帰り道にコルドンブルーが閉校していたのを知った。デパ地下のデリには興味が無い私でもコルドンブルーのデリは好きだった。好きといいつつ行動していない。人生の時間は限られている。それでも悲しい。ワガママなやつだ。


ビュリーに行き、切れていたオイルを購入した。今回はヴァルパンソンの浴女に。ボトル香水は使い切る自信が無いけど好きな香りだったのでルーブルシリーズのオイルの発売はとても嬉しい。香水よりもすぐ香りが飛ぶので自分のご機嫌取りにはうってつけ。香水といえば、最近珍しく衝動買いした。個人で活動している調香師さんのもの。花でも植物でもなく、お酒の香り。ラムとコニャック。珍しく甘め。真冬に合う。


三越suniのグレーのベビーバロックのピアスを買って帰った。照りの良いあこや。スタッズみたいに光ってくれる。


日常的にテンションを上げてくれるピアスが欲しい。結局ティファニーのハードウェアかなと思っていたが、アイコニックすぎる品は自分の雰囲気に合わないとただの贋作に見えそうだ。素材のパワーが足りぬ。ヴィンテージ、といっても近年モデルのエルメスで気にいるものが見つかった。横幅の広い小さなフープ。長年憧れているブシュロンのキャトルに近いサイズ感。ブランドロゴもじっと見ないと分からないしとても気に入った。忙しさでネットショッピングが多かったが、店舗でしか出会えない素敵な物は想像以上に多いと感じる。

推しと...milkyway

事件が起きた。推しが三次元に現れた。

むかしから何事もドライなDD茶の間。ごくせん2期、花男、イケパラ、AKB全盛期は世代的にバッティングしているのに全てにおいてライトな気持ちしか向けられていなかった。

強いていうならしゅきぃ!となった男は夢幻伝説タカマガハラの隆臣くん(頚椎が)とお兄ちゃんに付き合ってワケワカランまま見てた初代平成ライダーオダギリジョー様(頚椎がいい)くらいでしょうか。鬼滅みてCLAYMOREじゃん!時空異邦人KYOKO暁のヨナをみてタカマガハラじゃん!って叫ぶ害悪です。

夢幻伝説タカマガハラは怪盗セイントテールに匹敵する良作なのでポイントが余っている友人に推しつけまくっている。5巻で完結なのですすめやすいのもある。立川恵先生は言葉の選び方が綺麗。先生の描くヒロインはポワッとしてるのに気概があって素敵。かわいらしいのに庇護系じゃない。民族感のあるコスチュームも良い。日本神話が題材なんて女児にはタマラン。ちなみに十二国記最遊記はギリギリ知らない。最近では金カムの杉本くんが好き(頚椎立派なのに乙女で最高)


沸けない性分が実はずっとコンプレックスだった。JK時代、私の趣味はヲタ(敬称)の人のファンサイトやblogを読むことだった。この世には森羅万象のヲタがおり、そのほとばしる愛の強さを文章の熱量から浴びる。カスタマイズされたfc2の向こうには私に足りないものが満ち満ちていた。遅ればせながら推し燃ゆを読み、活動意欲が湧いた。


人生に熱感が欲しくて、ここ2ヶ月周囲のヲタへ布教を依頼していた。ユマと年代のジャニーズのDVDを鑑賞した。そのグループにはメグが好きだった子がいた。夫と同世代の、ユマからすると十分オッサンであろうアイドルがキラキラしていた頃だ。2001年生まれでそこを選択領域にしているのか。自らが年齢1桁当時の推しの円盤を買い漁るユマの魂に胸を打たれた。アツい、アツいぜ。

ジャニーズは秘伝のタレを受け継ぐかのようなお決まりの型、伝統芸があるらしい。知らなかった。しかしながら最近の若手たちは小物が多いらしい。現役JDなのにはやくも懐古厨になってしまって困ると言っていた。若手に属するらしい人々が同い年でビビる。ジャニーズも高齢化している。知らない文化に触れるのは新鮮で面白かった。珍しい歌詞もあるもんで。メモメモ。そしてスグ引用。

四天王(マイコーQUEEN、ビヨ子、GAGAちゃん)を聞きながらベッドで泣いてたJC時代だったけど、KinKi曲の歌詞は好きだった。日本語の機微がゆらめいている。光一くんキャラと結婚しておきながら実は剛くん派です。剛くんの曲街しか知らんけど。大好き。定期的に聞きたくなる。オダギリ元帥がイニシエーションとなってしまったせいで骨格重視の趣味だけれど、世代を選べるならkinkiチェッカーズ、ひろみ郷などのヲタになってみたい。夢いっぱいになれそう。

職場のARMYのお姉さんからもDVDを借りた。非現実的な品質だった。彼らはもしかして銀河の守護者とかなのかな?ホーちゃんには今再燃しているらしい初代テニミュも借りた。原作は最初の方は知っている。品質云々を超える何かがあった。違う方向性で劇薬だった。

そんなことをしているとYouTubeAIは有能でガンガンにオススメを入れてくる。


ひとたび自分ごととして視点を変えれば画面の中の物が人間に変わる。その人間の造形の上に線が引かれる。最悪だった初恋の彼に似てるうなじ、プロポーズを受けられなかった彼と同じ不景気なつり目、休日にジュニア陸上のコーチをしていた彼の横顔と喉仏。思い出というには相応しくない、記憶ほど明瞭とは言い難い、しかし自分の中に確実にあるナニカたちのトレース。それらがツボ押しのように脳の奥深くの凝りをほぐす。


そしてついに出会ってしまった。私の個人的な嗜癖を詰め込んだような推し。

ツァ!!ーーー!脳汁が出る。


これか。みんなはこれが楽しいのか。やっと分かった気がする。

うまれてはじめて友人に推しについて語ってみた。「夫?」、「顔の濃さ以外夫みがある」との感想を貰った。言われてみれば。そもそも夫自体がナチュラルボーン2.5次元なので家族というよりも嗜好品めいた味わいがある。私が太ったことを気にしていると「陶子さん、キューピーちゃんだね」と言って微笑んでいる。光属性。発想がドリーミングすぎておかしい。それを平気で口に出すところがおかしい。いとしい。

夫は歌っても踊ってもくれないので本当に有難い。格好良い!とかキュン!とかは正直無い。ただただ深く有難い。感謝の正拳突き。推しは推せる時にナントヤラなのでせっせと映像に課金する。グッズは買わんけど。結局やっぱり茶の間だ。ヲタへの道は遥か遠い。