青色信号

雑念

ハンプティ・ダンプティ

ハンプティ・ダンプティを元に戻せるものは誰もいませんでした。

 

私の人生は産後になった。未来永劫。

お腹がエンプティになった途端身体的な不調から嘘のように解放され、やはり乗っ取りに遭っていた感が否めない。

予想通り粛々と子の世話をしている。新生児を街中で見かけることはまずないので生態については無知だったが、人間というよりハムスターみたいな泣き声で驚いた。きゅーきゅー鳴いている。

まだ立体視のできない瞳は焦点が合わずふよふよと漂う。足元がスカート状になりスナップボタンで留められただけの新生児独特の服はパペットのようだ。

 

街中で見かける数ヶ月児は肌色をしているが新生児の皮膚はぴりぴりと薄く、赤子は本当に赤い色なのだという事実に驚く。

ヨボヨボにむくんでいて関節がぐにゃぐにゃでグロテスクな見た目だが、私はパンダの赤ちゃん大好き委員会なのでその異形感がとてもツボに入っている。

 

世話は想像より過酷でない。育児にまつわるetc.はただの個体差だと実感する。

 

母性は大いなる刷り込みなのでは?というのが正直な感想で、夫のほうが夜泣きに早く気づきあやしていることだってある。

 

もちろん大切な家族が増えたとは思う。しかしどこか甘さが足りない。案の定母乳を作るホルモンはサボりがちで、下手をするとすぐに枯れてしまう。産んだところで、私が私のまま通常運転で母をしている。

 

経産婦の友人とたくさん会ったが、皆が結束して語る「産んだら〇〇」にはなかなか当てはまらず過ごしている。

特段夫が憎い訳でもなく、むしろ手こずりながら子供の世話をしている夫を美しいと思って眺めている。パートナーとしての愛着は増えた。

つわりで太れなかったせいか、毎日スキンケアついでに保湿していたせいか、ただの体質か妊娠線は無く体型もすぐに元に戻った。

産後骨盤が開いて体型が崩壊するという宣伝文句は多くあるが、そもそも恥骨が離開することなんて無い。骨盤の角度は自然的に戻るように出来ている。

適宜簡単なエクササイズをすれば良いだけで、どこかに通う必要も課金の必要もなく、時々骨盤ベルトをする以外は妊娠前の健康づくりと変わらない。

むしろ靭帯が緩むホルモンが出ているのを良いことに足を真っ直ぐにできたし、肋骨をタイトに整えられて満足だ。

元々少ないせいか性への興味が別人のように削がれたという訳でも無い。

 

私ってチガウからと斜に構えておきながら、太古から擦られ続けてきた「案ずるより産むが易し」の一言であっさりと片付いてしまった。極めて王道じゃないか。

 

過酷な妊婦生活だったのでおめでとうと言われてすぐに頷けるか不安だったがあっさりアリガトーと返事しており結局私の支配者は私の思考ですら無いのではないかと思う。ホルモンとか微生物とか無意識とか。