青色信号

雑念

報酬の経路

王子さまへ。てんこうしていっちゃうのかなしいです。またあおうね。あやか。

モノくんはウチら女子からしたらお助けヒーローみたいな王子みたいな存在でした。夏菜

仕事の能力も人柄も最高な王子は、どこへ行っても大成功するって、私は知っています。また戻って来たら一緒に働きたいです。庄村

 

「モノノベさんの旦那さんってどんな人なの?写真見せてよぉ」職業柄、指輪をしない人も多い。結婚なんてナンセンスって言いそうな私がしているとなると気になるのも頷ける。今日もキャルンキャルンの事務員さまに聞かれた。子犬みたいで可愛い。昨日は頑張ってチャーシュー作ったらしい。こんな可愛くて明るいおかーちゃんの手作りのチャーシュー丼とか、お子さんたちは幸せマンモス肥後もっこすどすな。「普通のサラリーマンです。BLEACHみたいな骨格してます」写真を見せると「あー!白哉様なんだけどー!いや恋次くんかなァ?NANAとかにも出てきそう!」と言われる。「私があんまりマンガ読まないことが災難に思える程にマンガっぽいんですよねー、シナガワさんは好きなマンガとかありますか?最近読んでないからオススメ募集してて……」以前の職場でネタを入れ忘れてフツーに返事をしたらすぐに会社の名前スペース年齢スペース年収をググられて不愉快だったので白哉様に感謝している。これが主婦の日常会話の世界か。この事務員さんはまじで子犬なので特に支障は無いんだけど、転勤妻になって以来余計なトラップには注意している。若い頃バンギャやってそうな人って大体BLEACH読んでるよね。

 

夫の誕生日だった。欲しいものは何かたずねると、「メンズ美容関係のものが良いな」と返事がきた。Panasonicから新発売された美顔器の機能のついたシェーバーか、保湿力のある乳液などが良いらしい。伏し目がちに「スキンケア、分かんなくて」と言う。私の鼻孔が膨らむ。私はよく夫にオサレのセンスについてお小言disを賜っているから、ここぞとばかりに教えてやった。「美顔器の初期モデルは不具合起きやすいから様子見たほうがいい、きっとそのうち耐水性高いモデルとか掃除しやすいモデルとか出てくるから」「洗顔は擦っちゃダメ、水滴拭くときも。化粧水はパタパタせずにゆっくり馴染ませないと」この男は私より肌理が整っていて、どこにも毛穴が無いのに何に悩むのか。彼は私と出会うずっと前から、私より高級なヘアケア用品を使っている。アウトバストリートメントまで。なのに、嬉々として上から目線で指示する。

 

夫の話をすると、よく「女の子みたい」と言われる。デザイナーズの椅子や輸入食器が好きな男だ。初めて部屋に遊びに行ったときは某ルビジェのソファがあって驚いた。赤がアクセントになったもの。そんな激ムズなアイテムをよくぞ使ったものだ。聞くところによると、最近の主婦はデザイナーズの椅子も輸入食器も好きな人が殆どらしい。だから夫は女子力が高いらしい。出典︰シナガワ白書2020 

 

夫は実際に会った人からは王子と表現されまくる。手紙に書かれまくる。事実だからしょうがない。摩擦を生まない関係の人にはさっくり『王子様ポジション』だと説明している。凄く年上の人にはミッチー、アラサーの人にはあずきちゃんの勇之介くん。同年代の人や若者には例えに困る。杉野くんという俳優に似ているらしい。調べたが夫はあんなに可愛らしくなく、もっと冷たい目だ。長谷川博己先生にも似ているらしい。私は残念ながら二次元に詳しくないがきっと彼みたいなキャラは沢山いる。色白で塩顔で時々かける細縁のメガネが似合う。身長はまぁまぁあって細身だけど骨はシッカリなので運動部。特進クラスのアイツ。腐女子の好物を具現化したような生き物。私が仮にクラスメイトだったら夫をモデルにした作品を書いていたに違いない。きっと絵が上達していただろう。

 

私が新人のとき初めて担当した患者さんは地元の夜業界で有名なママさんだった。初めて顔を合わせるなり、「レイコちゃん(私にそっくりな嬢と間違っている)、これだけは覚えときなさいね。結婚相手の見た目は大事よ。見た目で許せることってあるのよ。絶対に伝えないといけないと思って」と力説された。頭蓋骨を一部外し、気管から声が漏れるという稀な状態で。新卒の私は聖人的な何かを目指していたので恋人を見た目で選ぶなんて愚かしい悪の所業だと思っていた。しかし彼女の必死に訴える様は凄まじく、走馬灯というものがあるとすれば確実に出てくるレベルで脳裏に焼き付いてしまった。

 

私の夫は美しい。彼に初めて出会った時、骨のバランスに衝撃を受けた。鼻筋、輪郭、首の長さ、広い肩幅、太くて左右対称で角度の少ない鎖骨、大きな手。骨が本当にお洒落だった。そのバランス感は私にとって衝撃で、今でも頭が真っ白になった感覚を鮮明に覚えている。衝撃から3日後、私はその男と婚約した。

 

最近アタマについて勉強し直している。生物学である神経科学と医学である精神医学は違う。人類学と哲学は違う。心理学もまた違う。例えば心臓については医学界隈の人しかほぼ興味を持っていないのに、様々な分野の人たちが微弱電流が流れているブヨブヨメロンパンについてだけは大きな関心を持っていて凄いなと思う。各々が全く違った角度から色んなことを述べている。ちょっと前、遺伝子学の人と女性学の人が言い合いをしていたのを見かけた。

私が専攻していない学問によると、人間の見た目は造形が整っていようといまいと価値は変わらないらしい。しかし、私の専攻した学問によると、均整の取れた物が視覚情報として入力されると、報酬系の経路が働くという。そのものの価値は等しくあろうとも、報酬の反応には有意差がある。

 

価値観、思い、心、ナンダソレ。習ったのは神経の塊のメロンパンが気まぐれにチカチカしているということだけだ。自分の価値感は自分で考えて決めたい。高次な脳機能を活用してそう誓うのに、無意識下で報酬の経路に支配されている。均整の取れていると感じるものに悦び興奮する。

 

夫とは価値観が違う部分が沢山ある。けれど彼は私に報酬をもたらす。得られる報酬にわざわざ逆らわない。感覚的になる。ただ幸せを感じる。これからもっと時間が過ぎたら、私が彼と接する時に使う神経や伝達物質はまた変わるのだろうか。全く勉強不足だ。とりあえず来年も平和に誕生日が過ごせるといいなと思った。