青色信号

雑念

ロスト

15時、マスムラさんは鍼灸の効果について尋ねた。鍼灸師のナカタさんは相変わらず食い違った返事しかできないから、優しさでフォローしてあげた。ちなみに私は鍼灸師ではない。先々週も噛み合わない会話により別の顧客を怒らせ私がフォローした。トラブルを被るのは既に3回目。もうウンザリ。二度と助けてやんない!と思っていた。しかし私の優しさは待てばゼロ円で、放置すると強くなる優しさだった。1番薄っぺらで楽ちんなタイプの優しさ。

夕方事務所に帰ってから専務に呼び出され、「この事業を閉業することになった」と告げられた。もともと結婚前は馬鹿みたいにキャリア志向であったため正直なところ今のチルな時間の価値に心の底では不安が募っていた。(ただの社畜後遺症)もともと日本の将来への希望を信用していないゆとりなので、イキナリ失業が降り掛かって来ても絶望することはなかった。

しかし、マスムラさんに鍼灸とリハビリの効果を力説してしまった私は、人の心を弄んだようで罪悪感でいっぱいだった。また歩いてお孫さんと散歩に行けるように、これからも一緒に頑張りましょう。そんなことを言ってしまった。なぜならもう少し時間があれば達成できる見込みだからだ。持ち上げて落としてしまった。人を傷つけたことは辛い。

今の職場の短い通勤時間に慣れていた。最寄り駅より近い。事務所のエアコンのボタンを押すまでに音楽を2、3曲を聞き終わるくらいの時間。無論一度も出勤が面倒だと思ったことは無い。お昼休みに伊勢丹に行ったり、ホテルでケーキを食べたりした天国のような時間が終わる。恐怖だ。何がって、失業しても節約する自信が無いのが一番の恐怖だ。

 

失業が決まる直前に通販していたものが 届いた。EDITIONの黒のジャケット、ARROWSのトープのレザーカーデ。去年一時期ブクマしていたDESPRESのチャコールグレーのウールのワンピ、それと綿のワンピ。全部ノーカラーでストレートなシルエット。サイズ感も無駄が無くスタンダードだ。コーデを組む脳の余裕がない日のためにここに課金するのは正しい。あと、これから恩師が出張で東京に来ることがあるだろうからその時のため。肩周りが柔らかな薄手の皮革ジャケット、目が詰まっていて厚地、しかも軽いウールのワンピ、パリンと表面に光沢のある綿で着心地の良いプリーツワンピ。占めて5万という破格なのに、失業となると大きく散財したような気になってしまう。裏腹に、次の職場はきっと駅とか使うだろうしそれだと野良着で家を出るなんてできないから通勤着には良いかもなと思った。メトロに似合う感じの服だなぁ。